「自分の身体に関心を持つこと」から始めよう~アスリートの健康法~
飯沼 誠司(いいぬま・せいじ)さん
アスリートセーブジャパン代表理事/ライフセーバー
「健康」について意識するようになったのはいつごろからですか?
意外かもしれませんが、子供のころは虚弱体質だったんです。生後間もないころから喘息やアレルギーに苦しみ、身体を強くするために、3歳から水泳、小学校低学年からサッカーを始めました。こうした幼いころからの運動習慣が、結果的に健康につながったのかなと思っています。
水泳を続けたおかげで心肺機能も強くなり、幼稚園の年長のときには、姉の小学校のマラソン大会に飛び入りで出場して、優勝してしまったこともありました(笑)。
スポーツ以外に健康に気をつけていたことはありますか?
母が実業団の卓球選手だったこともあり、食生活などは母の影響が大きかったですね。サプリメントなどで補うというより、毎日の食事のなかで健康に結びつく食材をよく食べていました。なかでも納豆は大好物で、小学校のときはおやつに納豆を食べていたおかげで「納豆」というあだ名をつけられたこともありました。
母は秋田出身、祖母は北海道に住んでいたので、田舎から旬の野菜や新鮮な魚介類を送ってもらう機会も多く、「よい素材を楽しみながら食べる」という恵まれた環境で育ってきました。洋食はあまり得意でない母でしたが、薄味で和食中心のメニューをよく作ってくれたのを覚えています。
ライフセービングとの出会いについて教えてください。
3歳から水泳を始め、大会で結果も出してきたのですが、高校で伸び悩んでしまいました。多いときは1日に20km 泳ぐこともありましたが、3年間でタイムが1秒しか伸びなかったのです。妥協せずに努力を続けて練習してもタイムが縮まらない苦しさから、「競泳」という競技へのモチベーションが冷めてしまいました。でも、「泳ぐことはやめたくない」「もっと強くなりたい」という気持ちはあり、何をしようか迷っていたときに、大学でライフセービングに出会いました。
説明会で、実際にライフセーバーが海で救助やレースをしている映像を見たとき、「こんなにカッコよくて、たくましい人たちがいるんだ!」と衝撃を受けました。というのも、当時の僕は、練習で疲れ、食も細く、「もやし」と呼ばれるほどガリガリだったのです。ですから最初は、「人を助けたい」「守りたい」という思いがあったわけでなく、純粋にライフセーバーのたくましさに憧れ、自分ももっと強くなりたいとライフセービングを始めたように思います。
ライフセーバーとして、現在はどのように身体を維持されていますか?
現在はプロとして活動しているわけではありませんが、毎年、夏に浜に立つ時点でレスキューに行くことを想定し、オフシーズンでもジムで泳いだり、走ったり、トレーニングは続けています。ウエイトレーニングを積極的に行うというよりは、上半身と下半身を調整するようなトレーニング、バランスを維持するメニューを多く取り入れ、心肺機能を鍛えるために、意識して長めの有酸素系トレーニングを行っています。ウエイトトレーニングをすると、大きな筋肉はつきやすいのですが、大きな筋肉は切れやすく、筋断裂や靭帯損傷につながることもあります。なので僕は、細かい部分から鍛え、大きいところは最後にトレーニングするようにしています。
年齢とともに健康に対する考え方は変わってきましたか?
日本AED財団やアスリートセーブジャパンの活動に携わるようになり、いろいろな心臓のトラブルを耳にするようになりました。心臓突然死はいつ、どこで、誰に起こるかわかりませんが、動脈硬化が原因で起こる心臓病の多くは、生活習慣を見直せば、防ぐことができるともいわれています。僕自身、40代後半になり、心臓病や動脈硬化のリスクを少しでも減らしたい、リスクマネジメントをしていきたいと思うようになり、定期検査なども増やすようにしています。家族もいますし、チームも主宰しているので、まだまだ健康で引っ張っていきたいですからね。
確かに、20代のときと比べれば、運動もきつくなりましたし、血液検査でひっかかるようにもなりました。つい食べ過ぎてしまう日もありますが、そんなときは翌日少し長めに運動するなど、プラスマイナスで平均を保つ努力をしています。これは僕なりの健康法かもしれません。
また、「自分のコンデションに常に関心を持つ」ことも大事にしています。アスリートはできたことができなくなることに敏感ですが、もともと関心がないと、危険信号に気づかず、手遅れになってしまうこともあります。ふだんから自分の身体に関心を持ち、「少し息が切れる」「体が重い」といった変化に早く気づくことが、病気を防ぐ第一歩だと思っています。
動脈硬化や生活習慣病の予防のために心がけていることはありますか?
野菜を多くとったり、睡眠をきちんととるようにしています。ただ、睡眠も運動も、以前に比べると思うようにできていないので、できる範囲できちんとコントロールしていきたいですね。
食生活でも、意識して健康的なものを取り入れるようにしています。現在、千葉県館山市に住んでいて、ときどき釣りをするのですが、金アジという大きなアジが釣れることがあります。青魚の脂はコレステロールを下げるはたらきがあると聞いていますので、館山にいるときは食卓に青魚が並ぶことも多いですね。
高齢になってから、健康のために食生活を変えることも重要ですが、僕は自身の経験を通し、子供のころからの食生活・生活環境は、大人になってからの健康に影響するほど大切だと思っています。気軽に何でも食べ物が手に入る時代ですが、どんな材料・添加物が入っているのか、どんなときに食べるのがよいかなど、小さいうちから意識することも必要だと思います。
生活習慣病予防のために、おすすめの運動はありますか?
まずはふだんの生活スタイルを振り返って、「車ばかり乗っているな」「エスカレーターやエレベーターしか乗っていないな」と考えてみてください。1日の歩数が少ない人、座っている時間が長い人は、血流も悪くなりますから、全身を使って酸素を取り込む有酸素運動がおすすめです。腕立て伏せやスクワットをいきなり行うより、ウォーキングや水泳といった長時間継続できる軽負荷の運動から始めるのがポイントです。
そのほか、上半身だけでなく、下半身も鍛えられるスポーツとしては、カヌーもおすすめです。外で運動できなければ、家の中でその場でステップするだけでもいいですし、少しスペースがあれば縄跳びをするなど、ちょっとした運動を意識して行う習慣をつけるといいですね。
安全に運動を行うコツがあれば教えてください。
ダイエットもそうですが、最初からハードなトレーニングをしようとしても長続きしません。トレーニングの意識として、アスリートでも一般の方でも、「自分ができるかできないかのライン」を目指すのがよいと思います。たとえば、いきなりマラソンをすると心臓への負担が大きいので、まずはウォーキングから始め、呼吸や姿勢を意識しながら、次第に距離を伸ばしていく。さらに、スピードを上げたり、高低差がある場所で行うなど、少しずつハードルを上げていくのです。水泳でも、いきなり泳ぐのではなく、最初は水をとらえながら水中ウォーキングから始める。それだけでも全身運動になりますから、最初はこうした方法でよいと思います。
サッカー元日本代表監督の岡田武史氏は、「ゆっくりとしたペースで長い距離を走るLSD(Long Slow Distance:ロング・スロー・ディスタンス)のランニングが一番身になる」といって、練習にも取り入れていました。隣の人と話せるくらいの楽なペースで行う運動は、十分な酸素を取り込み、 効率よく体脂肪を燃焼することができるため、一般の方にもおすすめです。
いずれにせよ、成長を感じながら、楽しみながら行っていただくのが長続きのコツですね。
また、僕もよくやるのですが、上半身・下半身を鍛える日を決め、上半身を意識する日は、肩甲骨を動かす体操やストレッチを積極的に行う、下半身を意識する日は、ふだんより多く歩く、エレベーターやエスカレーター使わないなど、部分的に意識して動かすのもよいと思います。
アスリートセーブジャパンの活動について教えてください。
海水浴場で何かあったときには、ライフセーバーがいます。同様に、一般的なスポーツのシーンで誰かが倒れたときに、ライフセーバーとなる存在をもっと増やしたい。そんな思いから2015年にアスリートセーブジャパンを立ち上げました。アスリートセーブジャパンでは、安全なスポーツ環境の実現を目標に、子供たちを中心とした「いのちの教室」を全国で開催するなど、アスリート自らが講師となり、応急処置やAEDの使い方などを伝える活動を行っています。
スポーツ中の突然死は、目撃者がいて、AEDが正しく使える、すぐに使える環境があれば、かなり防ぐことができるといわれています。影響力のあるアスリートを通して、スポーツの普及はもちろん、「スポーツ中の突然死ゼロ」も実現できるよう、これからも活動を続けていきたいと思っています。
プロフィール
1974年東京都生まれ。3歳から水泳を始め、小学5年生でジュニアオリンピックに出場。東海大学時代にライフセービングに出会い、花形種目であるアイアンマンレースのワールドシリーズに日本代表として選出され、日本人ライフセ-バーとしては初めてのプロ契約を果たす。全日本選手権アイアンマンレースで5連覇達成。2010年ライフセービング競技世界大会にてSERC競技において銀メダル獲得。 2014年早稲田大学学術院社会人修士修了。タレント、俳優としてテレビや映画などでも広く活躍中。現在はアスリートセーブジャパンの代表理事として、「いのちの教室」やAEDの普及活動を行っているほか、日本AED財団の理事も務めている。
2020年10月02日