沖縄はなぜ、長寿県でなくなったのか?
~”沖縄クライシス”から学ぶ健康長寿の秘訣~
益崎 裕章(ますざき・ひろあき)先生
琉球大学 大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)教授
琉球大学 医学部附属病院 栄養管理部長
琉球大学 医学部附属病院 総合診療センター長
沖縄県はなぜ、長寿県第一位でなくなったのでしょうか?
沖縄県は、世界屈指の長寿地域として世界的に知られており、現在も百歳以上の長命老人が多く暮らしています。2004年には米国のニュース週刊誌『TIME』が、沖縄の健康長寿を特集し、”100歳まで健康で長生きしたければ沖縄のライフスタイルに学べ!”という標語が表紙を飾りました。しかし、皮肉なことに、この時期から沖縄県の長寿ランキングは下降し始め、2017年の平均寿命ランキングでは、男性が36位、女性が7位にまで後退しました。この驚くべき現実を、私たち琉球大学第二内科では”沖縄クライシス”と命名し、この10年間、実態解明と啓発に取り組んできました。
沖縄クライシスを招いた原因は何なのでしょうか?
主な原因として、急激な米国型食習慣の普及、および一世帯に3台ともいわれる自動車生活の浸透(運動不足)による肥満症や糖尿病の激増が挙げられます。 日本で最後の国立大学医学部として、琉球大学医学部が新設された1980年当時の80、90歳台の沖縄県民患者の解剖所見によると、大動脈や冠動脈の粥状動脈硬化や石灰化がほとんど認められず、血管年齢の若々しさに病理医たちが驚嘆した様子が記録されています※。
1975年当時で65歳以上、すなわち、第二次世界大戦終結時に35歳以上の沖縄県民の大部分は、幼少期より朝・昼・夕の三食とも”煮イモ”を主食としており、日常的に食物繊維が豊富で、きわめて低カロリー・低糖質・低脂肪の質素な食事をとっていたことが、記録に残されています。戦前の沖縄地域では、白米を常食できた人は例外的であり、テレビや雑誌でおなじみの”伝統的”沖縄料理は、実際には王族・富裕層が正月や祝祭などの特別なときにのみ、口にできたようです。
1970年代の沖縄県では、糖尿病による死亡率全国ランキングで男女ともに47位でしたが、21世紀に入ると男女揃って1位(最下位)の時期が続きました。戦後の米軍統治下、米国型食習慣の流入によって、沖縄県民は戦前のスローライフから一気に高脂肪・高糖質の食環境にさらされることになりました。戦後、沖縄県民の脂肪エネルギー摂取比率は常に全国平均を5 % 以上、上回っており、動脈硬化症の温床となる肥満症、糖尿病、脂質異常症の蔓延と平均寿命ランキングの降下が見事なまでの好対照をなしています。
※:岩政 輝男ら,長寿の要因;九州大学出版会,2000年
動脈硬化を防ぐために重要なことは何ですか?
農耕民族で、動物性脂肪の過剰摂取に適応してこなかった日本人にとって、「米国型の高カロリー・運動不足のライフスタイルが動脈硬化性の病気を急速に増やしてしまった」ということが、沖縄クライシスの教訓だと思います。沖縄クライシスの要因を正しく理解することは、とりもなおさず、動脈硬化の悪化を防ぐための健康的な生活習慣を学ぶことにもなるのです。肥満を起こさない食生活、体重管理を心がけること、自分に合った適度な運動習慣を持つこと、動物性脂肪の過剰摂取に気をつけることが重要です。
食事や運動で、どんなことに気をつけたらよいですか?
最近の私たちの研究から、動物性脂肪の習慣的な過剰摂取は、食欲のコントロールを撹乱(かくらん)し、自分の身体が必要とするカロリー以上に食べてしまう過食行動を引き起こすこと、さらに、動物性脂肪にはアルコールやタバコのような強い依存性があり、病みつきになってしまうことが明らかになっています。
また、運動不足の生活を続けていると、内臓脂肪がたまりやすくなる一方、骨格筋の量や機能が低下して、糖尿病や動脈硬化性の病気が起こりやすくなることも注目されています(サルコペニア肥満)。比重が軽い脂肪組織が増え、比重が圧倒的に重い骨格筋が減ってしまうと、体重自体は さほど増えていないようにみえても、動脈硬化を悪化させやすい体組成に変わってしまうわけです。
沖縄に学ぶ「健康長寿のすすめ」とは?
冒頭で紹介した2004年 の『TIME』誌の「沖縄の健康長寿」特集では、”100歳まで健康で長生きするための沖縄型ライフスタイル”として、以下の6点が強調されています。
100歳まで健康で長生きするための沖縄型ライフスタイル
- 白米の摂取量を少な目にすること
- 霜降り(脂身)肉の摂取量を少な目にすること
- 腹八分目の食習慣を励行すること
- 規則的な運動習慣を持つこと
- 祖先崇拝や親類縁者、地域住民間のネットワークを重視すること
- 生き甲斐を持つこと
この6か条は、現在も十分に通用すると思われます。実際、沖縄の長寿ランキング全国1位時代を支えてきた後期高齢者の世代は、子供のころから主食は白米ではなく玄米を食べている人が少なくありませんし、規則的な運動習慣を持つことは最強の認知症予防であるという研究結果も出されています。
私たちが目指すべき健康長寿の姿は、どのようなものでしょうか?
沖縄クライシスは平均寿命ランキングの凋落に注目した言葉ですが、平均寿命よりもはるかに重要なのは健康寿命です。現在、わが国では平均寿命と健康寿命の差が問題となっており、男性で約13年、女性でも9年以上のギャップがあります。平均的日本人は、人生最後の10年間を本格的な医療・介護のお世話になっているのです。
現在、沖縄県では平均寿命の凋落以上に健康寿命の短縮危機に見舞われており、動脈硬化性疾患やがんによって65歳までに死亡する割合は全国トップレベルです。
不自由な入院・介護生活ではなく、自宅で自立して、自分でやりたいことを実践できる”健康的な長寿”こそ、日本国民全員が真に目指すべき目標ではないでしょうか。
2019年02月04日