動脈硬化症と新型コロナウイルス感染症
九州大学大学院薬学研究院 教授
米満 吉和 先生
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)という、未知のウイルスとの戦いが続いています。しかし、私たちは「敵」の正体をどこまで理解しているでしょうか。これからの「Withコロナ」時代を生きるためには、ウイルスの正体を正しく知って、正しくこわがる、そして、正しく対策を立てることが重要です。明らかになりつつある動脈硬化のリスクファクターとの関係性も含め、米満 吉和 先生 (九州大学大学院薬学研究院 教授)が解説します。
(※本講演は、2020年7月に行われた第52回日本動脈硬化学会総会・学術集会(共催:一般財団法人 住野勇財団)の市民公開講座「新型コロナウイルスに立ち向かう~動脈硬化学会からのメッセージ」において行われたものです。)
新型コロナウイルス感染症についての最新情報は、内閣官房ホームページ(https://corona.go.jp/)をご参照ください。
新型コロナウイルスって何?どんな病気なの?
新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)は、世界に未曾有の衝撃を与えています。その原因といわれるウイルスが、「SARS-CoV-2」です。大きさは1円玉の20万分の1(約100nm)で、ウイルスの表面が太陽のコロナ(冠)のように見えるスパイク状のたんぱく質であることから「コロナウイルス」と呼ばれています。このウイルスは脂質二重層といって、エンベロープ(脂質の殻)が中身の遺伝子(RNA)を覆っています。RNAは、ウイルスの子供、孫、ひ孫をつくっていく物質です。
そもそも「ウイルス」とは、生物のように細胞は持たないものの、遺伝子だけは持つ極小の構造体で、ほかの生物の細胞に寄宿して増殖する生物と非生物の中間的存在です。新型コロナウイルスも、ウイルス単独では生きられないため、人や鳥などの生物に感染して、自分の子供や孫を増やしていきます。つまり、新型コロナウイルス感染症を防ぐには、人から人へ、あるいは、動物から人へ感染していくのをいかに妨ぐかがポイントになります。
図1は、新型コロナウイルス感染症の経過です。約8割の方は、のどの痛みや発熱、咳などのかぜ症状、もしくは、こうした症状もないまま、1~2週間程度で治癒してしまいます。8割以上が軽症、もしくは無症状であるということは、気づかないうちに他の人に感染させてしまうリスクがあり、これが新型コロナウイルスの最大の問題点といえるでしょう。
残り2割の方には、呼吸困難、強い咳や痰(たん)、肺が痛いといった肺炎の症状が現れます。この段階になると入院して管理することが必要になります。さらに、肺の機能が低下して自力で酸素を取り込むことが難しくなってくると酸素吸入が必要となったり、苦しくてたまらない状態になれば人工呼吸器、さらに重篤なケースでは、ECMO(エクモ:人工心肺装置)を用いて、肺を休ませながら血液中に酸素を送らなければならないこともあります。
日本と海外の違い、年齢ごとの違い
新型コロナウイルスの国別の感染者は、アメリカ、ブラジル、ロシア、インド、ペルー、チリ、イギリス、スペイン、メキシコ、イタリアの順で多くなっています(※2020年7月4日現在の順位)。このように、感染者は、北米、南米、欧州、ロシア、インドに多く、日本や中国を含むアジア、オセアニア諸国では、比較的少ない傾向がみられます。
この状況について、京都大学の山中伸弥教授は、「日本には、新型コロナ感染に強い『ファクターX(何か)』(正体不明の感染しにくい理由)がある」といっています。もちろん、これは仮説であり、「日本人は感染に強いので、かかっても平気」ということではありません。
年齢ごとの違いをみると、日本では、亡くなった人の多くが70代以上の高齢者であるのに対し、若い人では、感染者数は多いものの軽症・無症状が多いという特徴があります。海外でも、高齢患者の死亡率は高く、80歳以上の致死率は、中国が14.8%、イタリアが20.2%ですが、日本はそれ以上に高いというデータが出ています。高齢になるほど、感染したときに重症化するリスクが高まるのは各国共通ですが、日本ではとくにこの傾向が強く、高齢の方は注意が必要です。
なぜ、高齢者に重症者が多いのか、中国の新型コロナウイルス感染症患者44,672人を対象にした研究によると、持病の有無が関係していることがわかりました。持病がない人では、致死率は0.9%ですが、「がん」「高血圧」「慢性呼吸器疾患」「糖尿病」「心血管疾患」があると、致死率は5~10倍も高くなっています(図2)。このうち、高血圧、糖尿病、心血管疾患は、動脈硬化のリスクファクターと呼ばれるものです。
このように、高齢者は持病を放置しておくと、感染したとき重症化しやすいため、持病がある人は放置せず、医師や薬剤師の指示に従って薬を飲むなど、きちんと治療しましょう。
そのほか、重症化しやすい因子として「肥満」「喫煙」も重要です。ニューヨーク大学の報告によると、とくに60歳以下の若い人は、BMI(肥満度指数)が35以上だと重症化しやすいことがわかっています。また、武漢同済医科大学からは、喫煙者は非喫煙者に比べて、14倍も重症化しやすいという報告が出されています。
アメリカCDC(疾病予防センター)では、重症化しやすい人として、「65歳以上、介護施設に住んでいる人、慢性の呼吸器疾患、免疫不全症、免疫抑制剤を飲んでいる人、重度の肥満、糖尿病の人、透析中の人、肝臓の病気のある人」をあげ、注意を呼びかけています。
新型コロナウイルスに感染しないためには?
「彼を知り 己を知れば 百戦殆うからず」は孫子の教えですが、新型コロナウイルスに感染しないためには、敵の性質を正しく知り、それに見合った対策を立てることが重要です。 新型コロナウイルスの感染ルートには、①接触感染、②飛沫感染、③エアロゾル感染があります。接触感染は、感染者が出したもの(唾液など)がついたところを触ることで感染しますが、これは手洗いによってかなり防ぐことができます。
飛沫感染では、咳やくしゃみをしたときに空気中に漂う飛沫が感染原になると考えられています。咳をするといろいろなタイプ(0.004~2㎜)の粒子が出ます。1分もすると大きな粒子は下に落ちますが、0.004~0.008㎜の微粒子は20分経っても空気中を漂っています。こうした空気中を長時間漂う微粒子を吸い込むことで感染してしまうのがエアロゾル感染です。大きい飛沫はマスクでかなり防ぐことができますが、小さな粒子はマスクの横から漏れています。したがって、狭い空間、空気の入れ替えがない空間では、3密回避が重要なのです。
最後に、新型コロナウイルス感染症は、厄介な病気です。「目に見えない微粒子を吸い込むことで感染する、健康にみえる若者から感染することがある」ことを覚えておいてください。次に、感染ルートに応じた予防策(①接触感染→手洗い、②飛沫感染→マスク、③エアロゾル感染→3密回避)が重要です。ただし、熱中症の可能性もありますので、屋外で人と距離のある空間であれば、マスクをずらして新鮮な空気を吸うようにしましょう。
そして、感染してしまったときのために、高齢かつ「高血圧」「糖尿病」「喫煙」などの動脈硬化の危険因子がある人は、しっかり治療しておくことが大切です。
まとめ
- 新型コロナウイルス感染症を甘く見ないで、正しく恐れる(生活を修正する)。
- 「新型コロナウイルス」という敵を知っていれば、こわくない。
- 万一感染してしまったときに備え、高齢で持病のある人は、持病の治療をしておく。