快適な睡眠が健康を守る!!~ぐっすり眠れるコツを教えます~
久留米大学医学部 神経精神医学講座 教授
内村 直尚 先生
世界のなかでも、日本人の睡眠時間はもっとも短いといわれていますが、適切な睡眠をとらなければ、からだにも心にも悪影響がおよぶことがわかっています。睡眠が健康、とくに血圧にどのような影響を与えるのか、2019年5月に久留米市で行われた「世界高血圧の日」市民公開講座(共催:日本高血圧協会、第8回臨床高血圧フォーラム、第55回日本循環器病予防学会、木村記念循環器財団、久留米大学循環器病研究所、日本心臓財団、協賛:オムロンヘルスケア株式会社)での内村直尚先生(久留米大学医学部神経精神医学講座 教授)の講演をご紹介します。
*「世界高血圧の日」は、国際高血圧学会の一部門である世界高血圧リーグにより、高血圧およびその管理に関する啓発を目的として2005年に創設され、2007年より日本も参加、その日を中心に日本高血圧協会と日本高血圧学会では市民公開講座を全国各地で開催しています。
適切な睡眠はなぜ必要なのか?
睡眠の周期として、睡眠は「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」の2種類に分かれます(図1)。
・レム睡眠:睡眠中だが、脳は活発に動いている。夢を見ることが多い。
・ノンレム睡眠:脳の働きも抑制され、ぐっすり眠っている。脳やからだを休めるための睡眠。
ノンレム睡眠は、眠りの深さによって4段階に分かれます。寝るときは、浅いノンレム睡眠(1)から入り、中等度(2)、深い睡眠(3、4)、そしてまた浅くなり、寝ついてから90分後に最初のレム睡眠に入ります。ここで最初の夢を見ます。レム睡眠は90分間隔で出現しますので、7~8時間寝ていたら、覚えているかは別にしても、必ず4、5回は夢を見ることになります。このように90分が1サイクルなので、効率よい睡眠をとるには90分の倍数がよいといわれています。
睡眠は、「時間」だけでなく「質」も大切です。「質のよい睡眠」とは、ノンレム睡眠3、4の深い眠りのことをいいます。子どものころはたくさんとることができますが、加齢とともに眠る力(睡眠力)が低下し、40、50代以降は、睡眠も浅く短くなります。
さらに、90分ごとにレム睡眠が出現するため、90分に1回、目を覚ましやすくなります。トイレに行くときも、90分の倍数で目が覚めることが多く、これもある程度、加齢現象といえます。
睡眠には、図2のような重要な役割があります。そのため、睡眠不足や不眠になると、さまざまな悪影響が出ることもわかっています(図3)。 高血圧、糖尿病、脂質異常症などに起因する心血管イベントをはじめ、うつ病、がんの発症率を増加させることも明らかになっており、結果的に医療費の増大につながっています。また、最近の研究で、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβ(ベータ)という物質は、起きている間に脳に蓄積され、寝ている間に排出されることがわかってきました。つまり、睡眠が不足するとアルツハイマー病になりやすくなります。
また、産業事故につながることもあり、チェルノブイリ原発事故、スリーマイル島の爆発事故、スペースシャトルチャレンジャー号の爆発事故なども、睡眠不足が誘因といわれています。
交通事故の原因となることも多く、たとえば、17時間起きていると、脳の注意力、反射神経は、日本酒を2合、ビール500ccを2本飲んだときと同じ状態、すなわち飲酒運転をしているのと同じくらい危険な状態になります。
睡眠と生活習慣病は密接に関係する!
睡眠が不足すると、摂食(食物をとること)を促進するホルモン(グレリン)が増え、満腹を感じて摂食を抑制するホルモン(レプチン)が低下します。その結果、食欲が亢進して肥満になることがわかっています。それ以外にも、睡眠が不足すると、甘味に鈍感になって、糖分を多めにとるようになり、肥満につながることもあります。また、朝食を抜くと太りやすいことは知られていますが、就寝前に食事をとると、体温が上昇して寝つきが悪くなり、睡眠も浅くなります。このように睡眠と食事、肥満は密接に関係しています。
睡眠不足は糖尿病の発症リスクも増大させます。もっとも糖尿病になりにくいのは、睡眠時間が7~8時間の人で、この人たちに比べて、5時間未満の人は2.5倍、9時間以上寝ている人は1.79倍も糖尿病の発症リスクが高いことがわかっています。同様のことは、高血圧でもいえます。
ここで興味深いのが、年齢との関係です。60歳以上の人は、睡眠時間と高血圧・肥満の発症率にそれほど関係性がみられませんが、60歳未満では、明らかに睡眠時間が短い人のほうが、発症率が高くなっています。つまり、40代、50代といった中高年の人は、睡眠時間をきちんと確保することが、高血圧や肥満の予防につながるといえます。
睡眠が足りない理由にもいろいろあります。「睡眠不足」と血圧の関係を示すデータとしては、健康な人が8時間寝たときと睡眠不足時(3.6時間しか寝なかったとき)の血圧を比較した研究があります。この研究では、たった一晩の睡眠不足が、夜間のみならず、翌日昼間の血圧上昇にも影響することが示されています。災害などで避難所生活をしていると、血圧や血糖値が高くなるのも、こうした睡眠不足が関係しているといわれています。 また、「不眠」も血圧と密接に関係しており、なかなか寝られない人(入眠障害)や途中で起きてしまう人(中途覚醒)は、そうでない人より高血圧の発症率が高いことがわかっています(図4)。
以上のことからも、生活習慣病には「食事」「運動」「睡眠」が密接に関係しており、このいずれかが不十分だと肥満を呈して、高血圧、糖尿病、脂質異常症を引き起こし、心血管イベントを招くことが示唆されています。
睡眠時間と死亡率の関係では、日本人70万人を対象にしたデータがあります。それによると、もっとも長生きするのは睡眠時間が6.5~7.4時間の人で、5時間未満しか寝ていない人、9時間以上寝ている人のいずれも死亡率が高いことがわかっています。睡眠不足だけでなく、長く寝た人にも悪影響がみられるのは、夜間の覚醒が増えたり、睡眠の質が低下するためです。
また、睡眠と認知症の関連は先述の通りですが、60歳以上の日本人1,500人を対象にした最新の研究(久山町研究、2018年)によると、もっとも認知症の発症リスクが低かったのは、睡眠時間が5~7時間の人で、5時間未満の人は2.6倍、10時間以上の人は2.23倍、認知症になりやすいという結果でした。この傾向は、アルツハイマー病や血管性の認知症でも同じであり、睡眠時間と認知症には深い関係があることが日本人のデータでも示唆されています。
認知症の予防として、①運動(とくに有酸素運動)、②認知トレーニング(算数や漢字のドリルなど)、③糖尿病、高血圧などの生活習慣病、脳卒中、うつ病対策、④睡眠(短時間の昼寝含む)が有効です。睡眠も含め、規則正しい生活を心がけましょう。
生体リズムを乱さず、ぐっすり眠るために
私たちの頭のなかには生体時計があり、睡眠、血圧、血糖、自律神経、ホルモン、代謝などのリズムを作り出しています。生体時計は1日約25時間で、これを地球の自転と同じ24時間に替えるために、さまざまなリズム(リセットする力、微調整する力)が関与しています(図5) 。
いちばん影響力があるのが「明暗のリズム」で、朝日を浴びることで生体時計は24時間にリセットされます。次に大切なのが「食事のリズム」で、規則正しい食事、とくに朝食は重要といわれています。ほかにも「運動のリズム」、家庭や会社で生活する「社会的リズム」、温度や湿度、騒音などの「環境のリズム」があり、これらが乱れると、夜眠れなくなる、昼に眠気に襲われる、夜間に血圧が上がる、ホルモンバランスが崩れるなどの悪影響がおよびます。
このように不規則な生活が原因で生体リズムが乱れ、日本にいながら「時差ボケ」状態になることを「ソーシャルジェットラグ(社会的時差ボケ)」といい、近年、社会問題にもなっています。
たとえば、平日に睡眠不足だからといって土日に遅くまで寝てしまうと、体内リズムが乱れ、月曜に起きるのがつらい、なかなか寝つけない、寝ても疲れがとれない、といった時差ボケ状態になります。たった2日間の休日の朝寝坊が、翌週前半のパフォーマンスを低下させることを示すデータもあり、週末だからといって、「遅寝遅起き」しないことが大切です。
また、土日に1、2、3時間、遅寝をすると、肥満の指標であるBMI(Body Mass Index)が高くなり、肥満もメタボリックシンドロームが増えることもわかっています。
ちなみに、8時間睡眠が理想的と思っている人が多いと思いますが、8時間眠れるのは15歳くらいまでで、平均睡眠時間は25歳で7時間、45歳で6.5時間、65歳で6時間と徐々に短くなります。寝すぎはかえってよくないということを覚えておいていただければと思います。
最後に、ぐっすり眠るための8か条を図6に示します。
私たちは起きてから約16時間たつと、脳内から眠りを促すホルモン(メラトニン)が分泌され、眠くなるようにできています。ところが、夜に光を浴びると、光がメラトニンを抑制して、眠りを妨げ、さまざまな病気の原因となります。いまの日本は24時間社会で、夜が明るいため、寝る前はスマホを使わない、コンビニに行かないなど、光を避けることも大切です。
まとめ
- 睡眠は「時間」だけでなく「質」も大切。
- 睡眠不足は肥満や高血圧と密接に関係するほか、産業事故や交通事故などの誘因にもなる。
- 適切な睡眠は、血圧をコントロールして健康を維持する(睡眠を制する者は血圧を制する)。