肥満・糖尿病における効果的な動脈硬化予防
独立行政法人国立病院機構京都医療センター 臨床研究センター 内分泌代謝高血圧研究部長
浅原 哲子 先生
近年、増加している生活習慣病のなかでも、肥満症・メタボリックシンドローム・糖尿病は、動脈硬化との関連が深いことが知られています。どこからが肥満やメタボなのか、どんなリスクがあるのか、改善するにはどうしたらよいのか。2019年7月に京都市で行われた「第51回日本動脈硬化学会」市民公開講座での浅原哲子先生(独立行政法人国立病院機構京都医療センター )の講演をご紹介します。
肥満・メタボリックシンドローム・糖尿病と動脈硬化
近年、日本人の生活は大きく変化しています。1950年以降、1日の総摂取エネルギー量はほぼ同じですが、脂肪の摂取量の増加、自動車の保有数増加による運動量の低下の結果、50代男性の肥満度の平均は上がり続けています。このような食生活の欧米化や運動不足を背景に、現在、わが国では肥満が約2,300万人、高血圧が約4,300万人、糖尿病が約2,200万人いるといわれており、こうした生活習慣病の増加が大きな問題となっています。
肥満の判定には、BMI(Body Mass Index)が用いられます。BMIは、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で求められ、25以上が肥満と判定されます。では、肥満だと何が問題なのか、『肥満症診療ガイドライン2016』によれば、さまざまな健康障害との関係が指摘されています(図1)。
肥満には、お尻などに脂肪がつく皮下脂肪型(洋ナシ型)と、お腹の中に脂肪がたまる内臓脂肪型(リンゴ型)があり、内臓脂肪型は、心血管疾患のリスクが非常に高いのが特徴です。
肥大化した脂肪細胞からは、アディポサイトカインというホルモンが分泌され、肥満になるとアディポサイトカインの分泌異常が生じ、高血圧や脂質異常症、糖尿病の引き金になります。また、アディポサイトカインが増えると動脈硬化を抑制するアディポネクチンが減り、高血圧や糖尿病になりやすくなるといわれています。
遺伝的な要素に加え、過食や運動不足といった生活を続けていると、内臓脂肪が増え、インスリンというホルモンが効きにくくなります。その結果、脂質異常症、高血圧、糖尿病などを複合的に発症する「メタボリックシンドローム」(※以下、メタボ)の状態になります。
メタボは2006年にできた名称で、その年の新語・流行語大賞にもノミネートされ、一躍、有名になりました。診断基準は図2のとおりで、腹部肥満に加え、血圧、空腹時血糖、脂質のいずれか2つ以上が該当すれば「メタボ」、いずれか1つが該当すれば「メタボ予備群」と呼ばれます。2004年の国民健康・栄養調査によると、わが国のメタボ・メタボ予備群は1,960万人であり、中高年男性の2人に1人、閉経以降の女性の5人に1人が該当するといわれています。
メタボの特徴として、虚血性心疾患(心筋梗塞や脳梗塞など)のリスクが高いことがあります。2001年に公表された企業労働者12万人を対象にした調査で、危険因子(肥満・耐糖能異常・高血圧・脂質異常症)がない人の虚血性心疾患発症リスクは、危険因子が3~4ある人より30倍以上になることがわかりました。虚血性心疾患の基盤には、軽度であってもいろいろな危険因子が集積する病態があり、この状態に早く気づいてもらうため、2008年からメタボ健診が導入されました。
糖尿病も動脈硬化を進める大きな要因です。高血糖の状態はもちろん、甘いものを食べた後に一時的に血糖が上昇・変動することでも、血管内皮障害や酸化ストレスなどにより、動脈硬化が進むといわれています。糖尿病は、発症する前の耐糖能異常・境界型といわれる予備群の段階から、動脈硬化が進展しますので、早期から食後高血糖などをチェックすることも大切です。
さらに危険なのが、糖尿病や肥満が重なった場合です。421人の肥満患者を調べたデータ(国立病院機構肥満症ネットワーク研究)では、メタボの危険因子が増えてもLDLコレステロール(悪玉コレステロール)に大差はありませんでしたが、通常のLDLよりも粒子が細かく血管に入り込みやすいスモールデンスLDL(超悪玉コレステロール)、動脈硬化を促進する酸化LDLは、メタボの重症度に比例して増えることがわかりました。わが国の心筋梗塞の7割以上は超悪玉コレステロールが多いとの報告もあり、脂質の質はメタボが進むほど悪くなるといえます。
減量による動脈硬化改善効果について
動脈硬化を進めないためにも、太っている人は減量が重要です。先ほどの肥満患者を対象にした研究によると、外来で3カ月の食事・運動療法による減量指導を行い、3%以上の減量に成功した群では、心血管病のリスクとなる酸化LDL、 慢性腎臓病(CKD)のリスクである尿中シスタチンCが減り、動脈硬化の指標である心臓足首血管指数(CAVI)の値が改善していました。
CAVIの話が出たので、動脈硬化の検査についてご紹介します。簡便なものでは、プローブをあてるだけでプラークの有無がわかる頸動脈エコー検査などがあります。また、血管の硬さを測る指標として、脈波伝播速度(PWV)やCAVIがあります。これらは血管造影やCT、MRIとは異なり、侵襲がないため、半年に1回は受けていただきたいと思います。動脈硬化が進み、血管が硬くなっている人は、脈波のスピードが速く(=PWVの値が高い)、心筋梗塞になりやすいことがわかっています。PWVは血圧が高いと高めに出るため、血圧値で補正したものがCAVIです。CAVIの正常域は年齢が高くなるほど上昇しますが、値が8未満は正常、8~9は境界域、9以上は動脈硬化の疑い、11までいくと血管はボロボロの状態です。
外来での指導だけでやせられない場合は、減量入院という方法もあります。当院では、徹底した食事療法(女性:1,200kcal、男性:1800kcal)と運動療法(毎日8,000歩)により、2週間の入院で、平均して体重は-3kg、ウエストは-3㎝、血圧は-10㎜Hg 空腹時血糖値は-25mg/dL、中性脂肪は-25mg/dL、尿中アルブミンは約50%減少し、約半数は脱メタボ、腎機能の改善に成功しました。
また、ダイエットは仲間と行うのが効果的なので、肥満教室などに参加するのもおすすめです。
効果的な食事療法と運動療法
食事療法のポイントを図3に示します。短期間に理想体重まで急激に減量するとリバウンドするため、BMI35未満の人は、3~6カ月で3%以上の減量を目指すとよいでしょう。摂取エネルギー量、栄養バランスに気をつけ、タンパク質、ビタミン、ミネラルをしっかりとることが大切です。それらをバランスよく配合したフォーミュラ食もありますので、上手に活用してください。
意識して食べていただきたいものとして、1つめが青魚です。魚の油に含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)は、脂質異常症の治療にも使われており、中性脂肪、超悪玉コレステロール、酸化LDLを下げ、脂質の質を改善することがわかっています。また、CAVIの値をみても、EPA製剤を飲んでいる方は、飲んでいない方と比べ、CAVIの値が改善している、すなわち動脈硬化が改善することもわかっています。
2つめが、大豆です。厚生労働省が2007年に行った調査によると、大豆イソフラボンを多く摂取している女性は、摂取していない人に比べて、脳梗塞や心筋梗塞の発症リスクが約3割、循環器疾患による死亡リスクが約7割も低いことがわかりました。大豆イソフラボンは腸内細菌(エクオール産生菌)によって、動脈硬化に有効な物質(エクオール)に代謝されますが、日本人の半分は腸内にエクオール産生菌を有していないため、エクオールをサプリメントで摂取する方法もあります。
糖尿病の治療や肥満の改善には、運動療法も重要です(図4)。運動の種類として、日本糖尿病学会では、有酸素運動(歩行、ジョギング、水泳など)とレジスタンス運動(腹筋、ダンベル、腕立て伏せ、スクワットなど)を、1日30分以上、組み合わせて行うことを推奨しています。
運動以外にも、1日のなかには「意図しない身体活動」でエネルギーが消費される時間があります。このときの姿勢をみると、やせている人は立って、動いている時間が長く、肥満の人は、座っている時間が長いことから、近年、アメリカなどでは立って仕事をする企業も現れています。
最後に、当院の肥満・メタボ外来の取り組みをご紹介します。肥満症の治療には食事・運動療法の他に「行動療法」が重要です。当院では、患者さんに、食事の内容や体重をこまめに記録してもらうようにしています。こうしたダイエットノートをしっかりつけている人は、減量効果も高いことがわかっていますので、看護師、栄養士、運動療法士などからなるチームで患者さんをサポートしています。
また、肥満にはさまざまな合併症があるため、動脈硬化の検査以外にも、睡眠時無呼吸症候群や筋肉量の検査も行い、減量・治療の動機づけにしています。
院内の食堂で提供している「メタボ外来推奨メニュー」も好評です。低エネルギー(約500kcal)、低塩分(2~3g)、食物繊維たっぷり(10g)をコンセプトに開発したメニューは本になっていますので(『メタボ外来のやせるレシピ』『メタボ外来のやせる弁当と作りおき』、いずれもセブン&アイ出版発行)、ぜひ参考にしていただければと思います。動脈硬化を進めないためにも、ふだんから、食事内容・運動を意識するなど、医師と相談しながら、メタボ対策を行っていきましょう。
まとめ(血管を守る食事ガイドライン)
- 運動不足や脂質過剰摂取によりメタボの人が増え、動脈硬化性疾患が増えています。
- 2~3㎏やせるだけでも、血圧・血糖・脂質・動脈硬化指標は改善します。
- 間食をひかえ、1食当たり500kcalを目標に。青魚や大豆を積極的に食べましょう。