スポーツにおける心臓病予防~心臓突然死を防げるか
日本AED財団理事長
三田村 秀雄 先生
健康のためにスポーツを楽しむ人が増えています。しかし、スポーツには思わぬけがや心臓突然死などのリスクもつきものです。スポーツで起こる心事故を減らすにはどうしたらよいのか、安全にスポーツを楽しむために、私たちがしておくべき“備え”について、三田村秀雄先生(公益財団法人 日本AED財団理事長)が詳しくご紹介します。
(※本講演は、2020年3月に行われた日本心臓財団設立50周年記念「健康ハート・シンポジウム~東京オリンピックに向けて心臓病予防と救急医療を考える~」で行われたものです)
どんなスポーツにも危険はつきもの
スポーツは健康にとって「クスリ」ですが、一方で「リスク」でもあります。ときに重篤なことが起こりうるということを、事例を交えながらご紹介したいと思います。
まず、マラソンのレース中に心停止を経験された大学教授のケースです。この教授は、以前から胸部圧迫感の症状があったものの、安静時心電図、運動負荷心電図、冠動脈CT、いずれも異常はなく、医師からも「立派な心臓」と太鼓判を押されていました。そこで、心肺機能をさらに高めようと、初マラソン挑戦を決め、練習にも励んでいましたが、レース当日、19 km地点で突然倒れてしまいました。目撃した審判員がすぐにAEDを要請し、心臓マッサージを開始。心臓マッサージとAEDによる処置が施されたあと、救急搬送されたのですが、興味深いのは、この教授は情報学が専門ということもあり、ランナー用アプリや心拍数、歩数、血圧などをチェックするスマートウォッチといった機器を装着していたため、この間の心拍数などのデータがすべて記録されていたことです。
午前9時のスタート直前の心拍数は64拍/分ですが、2時間半後に倒れる頃には、200拍/分に達しています。その後、急激な心拍数の降下が現れますが、心臓マッサージ等の処置のおかげで、心拍数が0になることはなく、AEDの電気ショック3回を経て、処置開始から13分後には心臓の自己調律が回復しています。現在は元気に回復されておられますが、心停止から1週間は記憶がなく、心臓マッサージにより、肋骨は全部折れていたそうです。医師の説明によると、心停止の原因は、冠攣縮(かんれんしゅく:冠動脈が一過性のけいれん〔スパズム〕を起こし、心臓の筋肉が一時的に酸欠状態に陥ること)だったということです。
こうした予期せぬ事態は、一般の人のみならず、スポーツのエキスパートにも起こります。
次に紹介するのは、米国で「ジョギングの神様」といわれたジム・フィックスの例です。35歳のとき、タバコも吸っていて、体重は97㎏ありましたが、毎日15kmのランニングを続けた結果、45歳のときには70kgになり、禁煙にも成功、本を出版して、米国にフィットネスブームを巻き起こしました。しかし、52歳でジョギング中に突然死してしまいました。原因は、冠動脈3本に動脈硬化性の高度な狭窄があったためといわれています。スポーツを推奨していた彼の死により、スポーツには危険な落とし穴があることが周知されました。
同様のケースとして、私たちの記憶に新しいのが、サッカー日本代表でも活躍された松田直樹選手の例です。松田選手は、34歳のとき、練習中に突然倒れ、心臓マッサージを受け、救急搬送されましたが、亡くなってしまいました。年齢的にも若く、プロのサッカー選手ということで、「心臓は丈夫だろう」と思われがちですが、松田選手にも高度な冠動脈狭窄があったといわれています。多忙で、診断や治療を受ける暇がなかったのかもしれません。
心臓の検査を受ける場合、安静時心電図だけでは異常が見つからないことも多いため、スポーツをする人は、運動負荷試験も受けることをおすすめします。
しかし、冠動脈に動脈硬化による狭窄がある場合には、運動負荷試験も危険です。次に示すのは、虚血性心疾患の治療歴がある無症状の59歳男性の例です。「運動しても大丈夫か」ということで、受診されたため、トレッドミル運動負荷試験をやや高い負荷(10Mets)で行ったところ、試験中止から数分後、心室細動による心停止をきたしてしまいました。この男性も、左冠動脈に重度の閉塞があったことが判明しています。
一方、運動負荷試験で異常がなくても、油断は禁物です。米国のフラミンガム・スタディでは、健康診断でトレッドミル運動負荷試験とホルター心電図を無症状の人にも行っていますが、運動負荷試験で異常なかった52歳の男性が、その1時間後に家で突然死するという事例がありました。ホルター心電図には、帰宅後にST変化が起こり、心室性期外収縮(PVC)をきっかけに心室細動が出現する様子が記録されていました。運動負荷したときには安定していた血管内のプラークが少し後に破裂し、一瞬のうちに心筋梗塞を起こした可能性が高く、運動負荷試験でこの危険性まで予知するのはきわめて難しいといえます。
スポーツ関連の突然死は若者に多い
では、動脈硬化の進んでいない若年層であれば、こうしたリスクは少ないのでしょうか。2003年、当時28歳だったカメルーン代表のサッカー選手、マルク=ヴィヴィアン・フォエ選手が、試合中、突然ピッチ上で倒れ、亡くなりました。正確な死因はわかっていませんが、肥大型心筋症という心臓の筋肉が分厚くなる病気が原因ではないかといわれています。
また、心電図も心エコーも正常で、冠動脈狭窄がない場合でも、冠動脈の奇形が突然死の原因になることもありますので、注意が必要です。
心臓突然死は、年齢とともに増加していきます。理由は、高齢になるほど、動脈硬化が進行するからと考えられています。一方で、スポーツ関連の突然死は若年層に多く、18歳以下の突然死の約4割はスポーツ関連であることがわかっています(図1)。
小中学校における心停止の実態を調べた調査によると、心停止が起こった場所は、グラウンド(53%)、プール(19%)、体育館(13%)の順で、スポーツとの関連の強さが示唆されています(図2)。さらに、心停止を起こした児童・生徒のうち、半数は心臓の異常が以前から指摘されていましたが、残りの半分は未診断、医師非管理で、この結果からも、学校健診だけで危険因子のスクリーニングを行うことが難しいことがわかります。
スポーツで起こる心停止は「救える!」
まとめとして、「スポーツで起こる心停止の予知は困難」ですが、「それでも救える」ということを強調したいと思います。図3は、心停止を起こした場所、蘇生法と救命率の関係をみたグラフですが、もっとも救命率が高いのは、スポーツ施設、学校、駅の順になっています。
これらに共通するのは、①目撃者がいる、②救助者がいる、③AEDがある、という3点です。加えて、スポーツ施設や学校の場合は、④倒れた人が若い、という特徴もあります。こうしたことからも、スポーツ施設や学校で起こる心停止は、もっと救えるのではないかと考えています。
AEDによる電気ショックは心停止から5分以内、とくにスポーツ施設や学校などでは3分以内が望ましいとされており、処置が1分遅れるごとに救命率は1割低下するといわれています。救急隊の到着までに平均8.7分かかるため、119番通報のみでは9%しか救命できません。一方で、2018年の統計では、市民のAED使用により、56%が救命されています(図4)。
3分以内に電気ショックを行うためには、2分以内にAEDを取りに行き、残りの1分で電極の貼り付けや解析充電などの作業を行わなければなりません。これは簡単ではありませんが、東京マラソンのように、モバイルAED隊が自転車でランナーと並走し、心停止の現場にすぐにAEDを届けられるように策を講じたことで、過去12回の大会で心停止を起こした11人全員が救命されているといった例もあります。
こうしたことから、日本循環器学会と日本AED財団では、「スポーツ現場における心臓突然死をゼロに」という提言を2018年に行いました。ポイントは、スポーツ時の心停止は「想定内」として、2分以内の距離にAEDを配置し、いつでも使用できるよう訓練しておくことです。
スポーツは楽しいと同時に、安全が重要です。適切にAEDを準備することで、スポーツをより安全に楽しんでいただきたいと願っています。
まとめ
- スポーツには心臓突然死などの危険はつきもの。プロのスポーツ選手でも例外ではない。
- 心臓突然死は動脈硬化の進んだ高齢者に多いが、スポーツ関連の突然死は若者に多い。
- 救命のカギは、①目撃者がいる、②救助者がいる、③AEDがあること。